2019年3月7日
おはようございます。郡山悠学舎の筧(かけひ)です。
その子が持っている能力一杯に、学力を高めていくために「学習を習慣にする」ことがとても大切です。
一昨日のブログで、中3の2学期から、毎日教室に来て学習することを提案する、と書きました。(毎日の学習を習慣にして、分厚い基礎学力を身につけよう。)
対象は「家で毎日学習する習慣が確立できていない生徒」です。そんな生徒には、不本意ながら、意識的で作業学習の意味合いの強い学習を、細かい指示の下、やってもらうことになります。
確かに効果はあって、いくら過去問をやっても点数にならない生徒も、たいていある程度の点数は取れるようになります。
けれども、こういう学習は、教える方も教わる方もとても疲れます。
私にはそうやって、体力に任せて、叱咤激励しながら深夜に及ぶまで生徒たちと受験に取り組んだ過去があります。
いい思い出と言えばいい思い出です。
結果を出すことが「学習塾の使命」ですから、そうやって生徒を「合格させた自負」のようなものもあったと思います。
でも最近は、そういう意識的で克己(自分に勝つという態度)的な学習は、結局「学習の習慣を確立すること」には結びつかない、と考えるようになりました。
学習は続けることが何よりも大切ですが、そのためには、それが半ば無意識的な動き=習慣になっている方がいいのです。歯磨きや洗顔を「エイや!」と気合いを入れてやる人はまずいないでしょう。学習をそれに近い無意識的な習慣にしてしまうこと、そのための仕掛けをうまく作ることに注目するようになってきたのです。
「毎日組」との学習は以前の意識的な学習に終始します。彼らのお尻を叩きます。(これは比喩ですが、、、)だから不本意ながら、なのです。
(次回に続く)